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ホームにて [その他(雑感など)]

このところ、ほんとうにぽかぽかした陽気が続いていますね。
昨日の韮崎は(3月16日)は気温も20度ほどに上がり、暑いくらいの一日でした。

韮崎駅のホームから見た茅ヶ岳です。
ホームに立つと、正面にこの山容がどーんと見えて、列車から降りた人を迎えてくれます。
また、列車に乗る人も見送ってくれています。

旅立ちの季節。
駅のホームでは、行く人、来る人・・・さまざまな人がさまざまな思いを抱えて列車を待っています。

大正5年の9月9日、夏休みを郷里で過ごした保阪嘉内は盛岡高等農林学校に向けて韮崎を出発する時、こんな歌を詠んでいます。

  田毎田毎稲の葉そよぐ故さとはなんぞかくまではなれ難かる、
  帰り来てわが王城を作るべし初秋立たんわが故里に、

この時も、やっぱりホームからは茅ヶ岳が見えていた・・・。
嘉内は茅ヶ岳を見て、茅ヶ岳は嘉内を見ていたんだろうなぁ・・・。
もしかしたらこの2首は、嘉内と茅ヶ岳との対話なんじゃないだろうか?

韮崎駅のホームに立って、そんなことをぼんやりと考えてみたりしました。

chiigatake.JPG
韮崎駅のホームにて 2008年3月16日


P.S.
今日の記事のタイトルは中島みゆきさんの歌から取りました。
中島みゆきさんはほとんど聴きませんが、この曲は好きです(^_^)
(落ちこんでいる時には泣けます。。。)
http://www.youtube.com/watch?v=pWaDXMdKmro&NR=1


(記:azalea)
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コメント 7

akatuki

「韮崎の白きペンキの驛標に薄日のしみて光るさみしさ 」白秋
学生時代から何回となくこの歌を口にしていたので、さらりと言えるのですが、最近になってしみじみと心に響く歌だと感じるようになりました。本当の韮崎駅からの景色の良さは片倉工業の桜が咲きこぼれている時だと思いますが、その桜も今年はもう見る事ができません。あの桜があったからこそ、この駅はホームにたつだけで本当に感動できる場所だったのです。(思い込みです)
韮崎駅は、その昔スイッチバックという形式で、当時の駅のホームは、今タクシー乗り場や駐車場になっています。私は本当に幼いときに見た限りですが、このホームを良く覚えています。(お隣に住んでいたH・Hさんやムコちゃんはもっと大人でしたからよく覚えているはず!)一度下のホームに入って、長野方面に行く場合は、ここから上り坂になっていきます。たくさんの貨物列車に、片倉工業の荷物が積み込まれる様子が、私の幼い時の韮崎駅の記憶です。azaleaさんがホームから見た韮崎は、嘉内が降り立った時の韮崎は、どうだったのでしょうか。
『王城』作りたかった嘉内に、今の整備された駒井の田畑や、文化ホールを見せたかったですねー。嘉内がいたら、もっともっと韮崎
は面白い百姓パラダイスの町だったかもしれませんね。・・・
などと、色々考えます。

azaleaさんせっかくおいでたのに逢えなくて残念でした。
また今度お会いしたいですね。

P・S 実は『ホームにて』は学生時代から大好きな曲です。アルバムも何度も聞きました。でも人に言うのは初めてです。友人には『中島みゆきはちょっとねー』とか言っていました。


by akatuki (2008-03-17 20:31) 

azalea

嘉内が旅立った頃と駅の様子や町並みは変わっても、山の姿は変わらないんだよね・・・と、茅ヶ岳と対話してきました(笑)
akatukiさんにはakatukiさんの韮崎駅への思いがあるのですね。
いい話を聞かせていただき、うれしいです(^_^)
それに、「百姓パラダイスの町」いいですね。この言葉、すごくいいです!!
嘉内がもっと長生きしていたら、本当にどんなになっていたでしょうか。
いろいろ考えると、楽しいような、寂しいような、そして少しだけ悲しいような(謎)

昨日は、実行委員会での2年間をふり返りながら、これからは地道にでも嘉内と賢治のように、夢を抱くこと、理想に向かって進もうとすることの大切さを伝えていけるような活動ができたら、としみじみ思いました。
akatukiさんにお会いできなかったのは残念ですが、来月こそは久しぶりにお会いしてお話しできたらな~と思っています。

>中島みゆきはちょっとねー
あ、一緒です(笑)
私も、記事にはあんなふうに書きましたが、白状しますと学生時代はよく聴いていました(爆)
実は「ホームにて」のほかに、同じアルバムの「遍路」や、『寒水魚』の中の「時刻表」など、結構好きな曲があったりします。
(昔の、歌い方が大げさでない曲がいいです)

おっと、つい調子に乗って何のブログだかわからなくなってしまいました。。。
失礼しました~m(_ _)m
by azalea (2008-03-17 22:05) 

あっぷる すくらっふ

山は人を癒やしてくれる・・・
私も旅先で大雪山に抱かれながら、そんなことを感じていました。
賢治と嘉内はふるさとの山を頼りに、それぞれの道をあるいていったのでしょうか。
二人は二度と会うことは叶いませんでしたが
もし、現代なら、新幹線や高速道路もあるし、いつかは会うことができたのでは・・・なんてロマンのないことを考えてしまいました。

私のふるさとには大きな山はなかったけれど、深い森がありました。
今住んでいるところには山がありません。
すぐそばに美しい山がある人がうらやましいです。

by あっぷる すくらっふ (2008-03-19 18:05) 

azalea

ふるさとの山に向ひて
言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな

あっぷる すくらっふさんのコメントを読みながら、そんな啄木の短歌を思い浮かべました。
私もこの茅ヶ岳の姿をながめていると、自然と心が癒される思いがしました。
美しい山には、そういうところがきっとあるんでしょうね。
挫けそうになっても、心の支えになってくれるような。。。
そういう山をふるさとに持っていたり、毎日ながめて暮らせることは、本当にうらやましいです。
嘉内にしても、賢治にしても、そして啄木にしても・・・・。
あっ、だからこそ嘉内は何度挫折しても立ち直ることができたのかな?

私がいま住んでいるところにも、山が全然ないので、寂しいです(>_<)
by azalea (2008-03-19 20:33) 

azalea

大雪山・・・
何か心に引っかかるものがあるのですが、うーん。
あっ、中島みゆきさんは北海道の出身なのですよね!!
関係ないかっ(>_<)
by azalea (2008-03-20 08:54) 

あっぷる すくらっふ

そうですね。
あと、三浦綾子さんとか・・・
賢治も「旭川」という詩を残しています。
何がひっかかるのでしょうか・・・?(笑)

by あっぷる すくらっふ (2008-03-20 10:30) 

azalea

ありがとうございます。いつもながら、鋭いです!
三浦綾子さん・・・
言われてみれば、確かにそんな気がします。
ずっと忘れていましたが、若い頃(いつだっ)、三浦綾子さんの小説を読んで旭川を訪れた時の感慨が心によみがえったからだと思います!!
北海道の雄大な風景、それは私の故郷にも、もちろん東京にもないすばらしいものでした。
(実際にそこに住むとなると大変なこともあるのでしょうが)
その風景が優れた文学作品になると、一段と感慨深いものになる・・・そんな気持ちがします。

ちなみに、中島みゆきさんは札幌でした。
いくらなんでも大雪山は見えませんよね(^^;)
by azalea (2008-03-20 12:42) 

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