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遠く琥珀のいろなして [作品に関すること]

四月になりました。
まもなく震災から1か月が経とうとしています。
関東地方では、ようやく春の暖かさが感じられるようになってきました。
賢治さんの愛した岩手の山々は、今の時期はどんなぐあいでしょうか・・・。
そんなことを考えていると、心の中に一つの詩が浮かんできました。

    〔遠く琥珀のいろなして〕 

  遠く琥珀のいろなして、  春べと見えしこの原は、 
  枯草をひたして雪げ水、  さゞめきしげく奔るなり。
 
  峯には青き雪けむり、   裾は柏の赤ばやし、 
  雪げの水はきらめきて、  たゞひたすらにまろぶなり。


なんとも美しい詩ですね。
賢治さんがイメージした場所は、岩手山麓のどこかでしょうか。
山に残る雪が琥珀色の夜明けの空を映して輝く中を、麓の原では透き通った清冽な雪融け水がほとばしるように流れている・・・。
そんな様子が見えるようです。
そして、その雪融け水の流れる音は、春の足音のように聞こえることでしょう。
たった4行の短い詩の中に、早春の世界が広がっています。

この詩を読むと、なんとなく『水仙月の四日』のラストシーンがだぶってきます。

まもなく東のそらが黄ばらのやうに光り、琥珀いろにかゞやき、黄金に燃えだしました。丘も野原もあたらしい雪でいつぱいです。(中略)雪わらすはうしろの丘にかけあがつて一本の雪けむりをたてながら叫びました。

「水仙月」について12月から4月まで諸説ありますが、私には4月説が一番しっくりきます。
最後に冬の低気圧が一暴れして雪を降らせ、それを境に季節は春へと移っていく・・・そんな日の情景を描いたのが『水仙月の四日』なのではないかと思うのです。
そして、〔遠く琥珀のいろなして〕のような情景があって、さらに少し季節が進むと歌曲の「種山ヶ原」のような感じになるのかな・・・と思うのです。

  春はまだきの朱雲を
  アルペン農の汗に燃し
  縄と菩提樹皮にうちよそひ
  風とひかりにちかひせり。
    四月は風のかぐはしく
    雲かげ原を超えくれば
    雪融けの草をわたる。
  
  繞る八谷に劈靂の
  いしぶみしげきおのづから
  種山ヶ原に燃ゆる火の
  なかばは雲に鎖さるゝ。
    四月は風のかぐはしく
    雲かげ原を超えくれば
    雪融けの草をわたる。


これらの作品はモデルとなった場所や書かれた年も異なることは、もちろん承知しています。
でも自分としては、まずは白紙の気持ちで作品を味わいたいと思うのです。
昔はいろいろと細かいことにこだわったこともありましたが、今はそんなことは一切考えないで幻燈のように詩の情景を心に浮かべて楽しんでいます。

晩年の賢治さんは病床で妹のクニさんに「聞いて、思い浮ぶ状景を言ってくれ。」といって文語詩を朗読して聞かせ、クニさんの感想などを聞いて、また原稿に手を入れたりしていたそうです(「校本宮澤賢治全集 第5巻月報」参照)。
〔遠く琥珀のいろなして〕は下書稿が4つありますが、推敲の過程で言葉や表現を磨いていった様子がうかがえます。
勝手な想像ではありますが、これもまたクニさんに朗読して聞かせた詩の1編であったのかも知れません。


(記:azalea)

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コメント 6

夏原ゆと

azalea様の「白紙の気持ち」という言葉に同感です。
頭ではなく白紙の心で賢治さんの作品に向き合いたいです。
今までまず頭で考えてしまう癖をつけてきたため、これが結構大変なのですが…。
でも、少しでも素の心で賢治さんの作品に触れることができると、何とも言えない新鮮さにやっと出合えたような気がします。

「遠く琥珀のいろなして」「種山ヶ原」、とても美しいですね。
今のような大変な世に、この心象スケッチにあるような夜明けと春を呼ぶ一人に私もなりたいです。
by 夏原ゆと (2011-04-08 20:57) 

azalea

小学生のころ、初めて賢治さんの童話を読んでとても感動しました。
何の予備知識も先入観も持っていなかった、その時の「白紙」の読みこそが賢治さんの作品に向き合う原点だ・・・と自らを反省しつつ思いました。
こちらこそ夏原さんたちの言葉からは、いつも刺激を受けています。
ありがとうございます。

何日か前の朝日新聞に「雨ニモマケズ」が被害に遭った人たちに元気を与えてくれているという記事を読んで、とても感銘を受けました。
つい先日も大きな余震があってまだまだ落ち着かない状況ですが、気持ち的にもみんなの心に早く春が訪れることを私も願ってやみません。
by azalea (2011-04-09 07:42) 

長尾浩子

お忙しいと思いますのにこんなご質問をして申し訳ありません。
1番の”ちかひせり”、と2番の”燃ゆる火”が具体的に何を指しているのかをずっと考えていてわからないでいます。
あちこち検索して、この詩の解釈を探していましたが探せませんでした。
教えていただければとても幸せです。どうぞよろしくお願いします。
by 長尾浩子 (2011-04-11 10:19) 

azalea

はじめまして。コメント、うれしく拝読いたしました。
「種山ヶ原」の歌詞は、確かに意味を考えるとなかなか難しいですよね。

さて、お尋ねの件ですが自分なりに思うことを書いてみます。
まず1番は、高原の農夫が縄と菩提樹の皮で作った蓑を身に着け、朝焼けの雲を汗に映して早朝の風と日の光の中に立って何かを誓っている・・・という場面が浮かんできます。
四月という季節を考えると、農夫は馬の放牧を始めるところなのかも知れません。
汗しているのは、谷間の集落から山に登ってきたからでしょうか。
では、彼は何を誓ったのでしょう?
宮沢賢治研究会編『宮沢賢治 文語詩の森 第3集』(柏書房、2002年)では、この”ちかひせり”について「辛酸に耐えて生きることを誓う」との解釈がありますが、私はもっと単純に「今日も(それが放牧の最初の日なら”今年も”でしょうか?)しっかり仕事をすることを誓った」くらいの意味に取った方が自然なように思います。
この歌詞が作られた時期(大正13年頃?)を考えると、「本当の幸いを求めて生きることを誓う」とする見方もあるかも知れませんが、それは深読みのような気がします。

2番の”燃ゆる火”は、四月という時期を考えますと春の初めに野原などの枯れ草を焼く、野焼きの火かな・・・という印象を一見受けます。
でもその前のところに「霹靂のいしぶみ(雷神の碑)」が「おのづから」たくさんあるというのですから、”燃ゆる火”は霹靂すなわち雷によるものではないでしょうか。
さらにこの歌詞の「なかばは雲に鎖さるゝ」と童話『種山ヶ原』の冒頭部分の「(馬を放牧する4か月のうちの)半分ぐらゐまでは原は霧や雲に鎖されます」という表現を重ねて考えますと、この”燃ゆる火”は雷によって起こる山火(山火事)のことで、種山ヶ原は雷が多い場所なので落雷で山火事が起こることがしばしばあるけれども、そのうちの半分くらいは雲や霧のために麓からは火が燃えるさまを見ることが出来ない・・・というふうに受け取るのが良いように思うのです。

と、こんなふうに考えてみたのですが、いかがでしょうか?
(なかなかうまく説明ができず、わかりにくくて申し訳ありません)
いくらかでも参考になればよいのですが・・・。
by azalea (2011-04-12 07:25) 

長尾浩子

おはようございます。お忙しいのに、ご親切にこんな丁寧なお返事をしていただいて心からお礼申し上げます。本当に有難うございました。
こちらの書き込みをした後また何度か読んでいて、あ、そうか、と私も気が付きました。
ただ雄大な心地の良い4月の種山ヶ原を歌ったのではなく、主体は彼とアルペン農、アルペン農をしている自分なのだと言うことにです。
で納得がいきました。彼にとってアルペン農はなにより大切なもので自然に誓うほどのものだったのですね。
燃えているものは、もしかしたら1番を受けて汗に燃やしていた思いなのかなぁ、とも思いました。霹靂で半分はできない、って書いているのかと。
でも、やっぱり山火事のほうがすっきりしているかも・・。
詩は100人が100通りの受けとめ方でいいのだと思いますが、疑問が出るとずっと気になって。
教えていただいて本当に嬉しかったです。有難うございました。
by 長尾浩子 (2011-04-12 08:18) 

azalea

こちらこそ丁寧なお返事をいただき、ありがとうございます。
そうなんです。つい雄大な種山ヶ原の情景の方に目がいってしまいがちですが、賢治さんはむしろ額に汗して働く農夫の姿を歌いたかったのだと思います。
「種山ヶ原」の歌は、自然に祈りと感謝を捧げつつ、その中で働くことに喜びを感じる”アルペン農”をうたった讃歌なのではないでしょうか。

長尾さまがおっしゃる通り、賢治さんの詩は見方を変えればいろんな風に見えてきますので、それぞれに自分なりの受けとめ方があっていいと思います。
確かに、2番は1番を受けて、そんな農業への思いを”燃ゆる火”に託しているのかも知れませんね。
それも素敵な受け止め方だと思いますよ・・・っていうか、本当にそんな気持ちを込めて書いているのかも。

楽しくお話しさせていただき、こちらこそありがとうございました。
あまり頻繁に更新していなくて恐縮ですが、時々詩や童話のことを書いてみようと思っていますので、もしよかったらまた御覧いただければ嬉しいです。
by azalea (2011-04-12 21:00) 

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