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四月は風のかぐはしく [作品に関すること]

宮沢賢治の歌曲の中に「種山ヶ原」という作品があります。

  春はまだきの朱(あけ)雲を
  アルペン農の汗に燃し
  縄と菩提樹皮(マダカ)にうちよそひ
  風とひかりにちかひせり
    四月は風のかぐはしく
    雲かげ原を超えくれば
    雪融けの草をわたる

  繞(めぐ)る八谷に劈靂(へきれき)の
  いしぶみしげきおのづから
  種山ヶ原に燃ゆる火の
  なかばは雲に鎖(とざ)さるゝ
    四月は風のかぐはしく
    雲かげ原を超えくれば
    雪融けの草をわたる


どうしたらこんな情景が描けるのか・・・と思うくらい美しい詩だといつも思っています。
賢治は、この詩をドヴォルザークの交響曲「新世界から」第2楽章のラルゴの旋律(キャンプファイヤーの時などによく歌われる「遠き山に日は落ちて」の曲です)に合わせて歌っていました(注1)。

五月の時候の挨拶には、「風薫る」という言葉がしばしば使われます。
「風薫る」とは俳句の初夏の季語で、南風が若葉の香りをのせて吹いてくるといった意味です。
24歳でこの世を去った詩人の立原道造が逝去の直前に友人に「五月の風をゼリーにして持ってきてください」と頼んだと言われていますが、道造はそんな感じの風をイメージしていたのでしょうか。

賢治の歌曲「種山ヶ原」では、「四月は風のかぐはしく」とうたわれています。
この「四月は風のかぐはしく」という表現が、私はとても好きなのです。
五月の風よりももっともっと淡く柔らかい感じの、芽吹いた草木のにおいをのせた春の風・・・。
五月の風が緑色だとすれば、四月の風は薄い黄緑色といった感じでしょうか。
この歌を聴くと、そんなかぐわしい風がそよ吹く中で賢治が目にした、種山ヶ原の美しい情景が目に浮かんでくるようです。
単に視覚的に捉えるだけでなく、このように五感(さらに言えば五感を超えた全身全霊といった感覚)で受け止めるような自然の描写には、賢治の表現の豊かさを感じないではいられません。

四月になって、この歌を改めていろいろ聴いてみました。
「種山ヶ原」を取り上げたCDはいくつも出ていますし、YouTubeなどでも聴くことができます。
音楽は人によって好きずきがありますが、私は青木由有子さんのものをよく聴いています。

CD.jpg
     青木由有子さんのCD(これは一部です)

青木さんの「種山ヶ原」は、ドヴォルザーク作曲のもの青木さんのオリジナル曲のものの両方があるのですが(注2)、どちらもそれぞれに素晴らしく、何度聴いても飽きません。
ドヴォルザークの曲の方はもちろん、オリジナル曲の方もとてもよくこの詩のイメージに合っていると思います。

賢治にとっての四月とは、

  いかりのにがさまた青さ
  四月の気層のひかりの底を
  唾し はぎしりゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ
    (「春と修羅(mental sketch modified)」より)

のようにどんよりと重たい感じのイメージが強いかも知れませんが、この「種山ヶ原」のような美しい作品もあるのです。
いつか、四月の種山ヶ原に行って、かぐわしい風を感じてみたいと思うのですが、実現できる日が来るでしょうか・・・。

【注】
1 詳しくは「宮沢賢治の詩の世界」による「種山ヶ原」の解説をごらんください。 また「遠き山に日は落ちて」についてはこちらも参考になります。
2 青木さんの「種山ヶ原」を収録したCDはここでリンクしたもののほかにも複数リリースされています。くわしくはこちらをごらんください。


(記:azalea)
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コメント 3

ゆきんこ

「四月は風のかぐわしく」のフレーズ、わたしも大好きです。
この言葉を口にすると、綺麗な風が体の中を通っていくような、さわやかな気持ちがします。
「雲かげ原を」で、春の明るさの中に冷たさや暗さを感じるのですが、
「超えくれば」というところでそういう苦しさは必ずこえられ、「雪解けの草をわたる」で新しい世界が開ける感じがいたします。
賢治さんがドヴォルザークの曲をつけたのもうなずけます。
青木由有子さんの歌声もぴったりですね。
by ゆきんこ (2010-04-14 11:01) 

夏原ゆと

azaleaさんやゆきんこさんのおっしゃるように、「種山ヶ原」の詩は本当に壮大で綺麗ですね。
この心象スケッチを読むと、心が弱った時や希望で胸が震える時、どんな時にも静かな深い感動を覚えます。
「四月は風のかぐはしく」。
私も大好きな言葉です。長い間ずっと待ち望んでいた春がやっと来るんだ…という感じがします。
(幸運にも)随分前に四月の種山ヶ原に行ったことがあり、そこは「春はまだきの…」という賢治さんの言葉のとおりでした。
でも青木由有子さんの歌を聴くと、私が現地で感じた時より更に澄んだ種山ヶ原の空気を感じます。
賢治さんの書いた「種山ヶ原」と青木由有子さんの歌は本当にぴったりですね。





by 夏原ゆと (2010-04-14 22:06) 

azalea

ゆきんこさん、夏原ゆとさん、コメントありがとうございます!
この詩には春の到来が凝縮した言葉で綴られていて、『春と修羅』刊行のころの作品だそうですが既に晩年の文語詩に通じるものであるのには驚きです。
(「文語詩稿 一百篇」では「四月は風のかぐはしく」のリフレインは削られてしまっていますが・・・)

お二人からのコメントを読ませていただきながら、「風とゆききし 雲からエネルギーをとれ」という賢治さんの言葉が心にうかんできました。
力をもらえる歌ですね♪

青木由有子さんのお名前だけは以前から存じていたのですが、昨年初めて夏原ゆとさんにCDを聴かせていただいて、その透明感と力強さにあふれた歌声にすっかり魅せられてしまいました(^^)
あらためて感謝申し上げます。
by azalea (2010-04-15 00:19) 

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