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そのとき、トブン。 [作品に関すること]

賢治さんの童話「やまなし」。
教科書にも載っているので、ご存じの方は多いと思います。

この童話の後半(二、十二月)に、〝やまなし〟が小川に落ちてくるシーンがあります。
 蟹の子供らは、あんまり月が明るく水がきれいなので睡(ねむ)らないで外に出て、しばらくだまつて泡をはいて天井の方を見てゐました。
『やつぱり僕の泡は大きいね。』
『兄さん、わざと大きく吐いてるんだい。僕だつてわざとならもつと大きく吐けるよ。』
『吐いてごらん。おや、たつたそれきりだらう。いゝかい、兄さんが吐くから見ておいで。そら、ね、大きいだらう。』
『大きかないや、おんなじだい。』
『近くだから自分のが大きく見えるんだよ。そんなら一緒に吐いてみよう。いゝかい、そら。』
『やつぱり僕の方大きいよ。』
『本当かい。ぢや、も一つはくよ。』
『だめだい、そんなにのびあがつては。』
 またお父さんの蟹が出て来ました。
『もうねろねろ。遅いぞ、あしたイサドへ連れて行かんぞ。』
『お父さん、僕たちの泡どつち大きいの』
『それは兄さんの方だらう』
『さうぢやないよ、僕の方大きいんだよ』弟の蟹は泣きさうになりました。
 そのとき、トブン。
 黒い円い大きなものが、天井から落ちてずうつとしづんで又上へのぼつて行きました。キラキラツと黄金のぶちがひかりました。
『かはせみだ』子供らの蟹は頸をすくめて云ひました。
 お父さんの蟹は、遠めがねのやうな両方の眼をあらん限り延ばして、よくよく見てから云ひました。
『さうぢやない、あれはやまなしだ、流れて行くぞ、ついて行つて見よう、あゝいゝ匂ひだな』
 なるほど、そこらの月あかりの水の中は、やまなしのいい匂ひでいつぱいでした。


今回は、「そのとき、トブン。」の〝トブン〟という音について考えてみました。
普通なら「ドブン」とでも書きそうなところを、賢治さんは「トブン」と表現しています。
いったいどんな音なのでしょう?

本物のやまなしは手に入らないので、同じくらいの大きさのジャガイモを使って、いろいろ試してみました。
まあ、いろいろ試す・・・といっても落とす高さを変えるだけしかやりようはないのですが、
これ

は「パチャン」という感じで音が軽すぎますし、
これ

だと逆に「ドボン」という感じで重すぎるような気がします。

こんな感じ、

あるいは、こんな感じ

ではどうでしょう?
試した中では一番「トブン」に近いような感じがするのですが・・・。
(落とした高さは水面から70~80センチくらいといったところです)

でも、これはあくまでも水の外側にいる人間の聴く音であって、水の中の蟹たちには違った音に聴こえるでしょうし・・・。
どちらの立場で聴くかによっても違ってきそうですね。

うーん、賢治さんの擬音は難しいですねぇ(-_-;)
そこが、賢治童話の魅力の一つでもあるのですけれど。


水に果実が落ちる音・・・といえば、こういうエピソードもありますね。
賢治さんが農学校の教師をしていた時の教え子の一人である照井謹二郎さん(故人)の話です。
妹・トシさんの亡くなる1か月ほど前のこと。
二年生の秋、十月の小春だったが、先生と二人で、小さな舟で北上川を渡ったことがあった。その途中、先生のポケットからリンゴがポチャンと落ちた。先生は、それが水に沈んでゆくさまがきれいだといって、何度もポチャンを繰り返す。ああ、きれいだといって繰り返す。そのあげく泳がないかといい、自分一人で泳ぎ出す。
(佐藤成『証言 宮沢賢治先生』 47頁)

この時、〝賢治先生〟はリンゴの浮き沈みする様子だけでなく、水に落ちる音も楽しんでいたと思うのです。
もしかしたら、その音がいちばん「トブン」に近いのかも知れません。
(このエピソード以前に「やまなし」の初期形が書かれた可能性もあるので、「トブン」がこのエピソードを反映したものかどうかはわかりませんが・・・)

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にじ

おもしろいですねえ。トブンですか。
言葉一つに、いろいろと思いめぐらし、挙げ句は実験まで。
こういう風にていねいに考えること、忘れていました。大事なことを思い出させていただきました。
by にじ (2011-07-30 07:57) 

azalea

実は結構長い間、「ドブン」だとばかり思っていたのです(汗)
ある時、ふと「えっ、〝ドブン〟jたなくて〝トブン〟?」と気がついてから、ずっと気になっているところなんです。
効果音ということで試してみたのですが、本物のやまなしでないと「トブン」という感じにならないのかも知れません・・・。
(ジャガイモはそのまま沈んでしまいましたので、やまなしよりも重いようです)

なかなか擬音は難しいですね(^^;)
by azalea (2011-07-30 21:23) 

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