ゆかりの地をめぐって(埼玉県・武甲山) [ゆかりの地]
ひさびさに(?)秩父紀行の再開です。
山の話題が続いているので、今回は秩父の山にまつわる保阪嘉内の短歌を紹介いたします。
大正6年7月26日、嘉内たちは秩父大宮(現秩父市)の角屋旅館を出発し、秩父神社を参拝したあと石灰石の採掘場のある影森に向かいました。
秩父神社の真っ正面には武甲山という山があります。
毎年12月3日に行われる秩父夜祭は、京都の祇園祭、飛騨の高山祭と並んで日本三大曳山祭として知られていますが、この日には武甲山の男神と秩父神社の女神が年に一度会う日だという言い伝えがあります。
賢治や啄木にとっての岩手山、嘉内にとっての茅ヶ岳など(もちろん三浦綾子さんにとっての大雪山も)と同様、武甲山は秩父に住む人の「心の山」であったのです。
嘉内は、武甲山の印象を次のような連作の短歌に詠んでいます。
武甲山は
ぼんやりすます山の上に
あんまり高き背を
すぼめたり
あんまりに
すます霞の山なれば
武甲山ひとり
高きを 恥ぢたり、
あんまりに
大人げもなく見えたれば
この武甲山は
肩を垂れ居る、
武甲山の
うすっぺらの肩にまつはりし
夏のショールの雲の
輝やき、
うすっぺらの武甲山の
雲は離れ去る
垂れたる桑の
一面の畑、
武甲山
南に高い肩のうへ
岩脈の雲
にょっきりと出づ
昔の武甲山(昭和14年ごろ)
現在の武甲山
嘉内が訪れたころの武甲山は、神の坐す山にふさわしい美しい山容でありましたが、現在では石灰岩の採掘のため山頂部が削られてしまい、すっかり形が変わってしまいました。
それでも神はこの山に宿ってくれているのでしょうか?
(記:azalea)
山の話題が続いているので、今回は秩父の山にまつわる保阪嘉内の短歌を紹介いたします。
大正6年7月26日、嘉内たちは秩父大宮(現秩父市)の角屋旅館を出発し、秩父神社を参拝したあと石灰石の採掘場のある影森に向かいました。
秩父神社の真っ正面には武甲山という山があります。
毎年12月3日に行われる秩父夜祭は、京都の祇園祭、飛騨の高山祭と並んで日本三大曳山祭として知られていますが、この日には武甲山の男神と秩父神社の女神が年に一度会う日だという言い伝えがあります。
賢治や啄木にとっての岩手山、嘉内にとっての茅ヶ岳など(もちろん三浦綾子さんにとっての大雪山も)と同様、武甲山は秩父に住む人の「心の山」であったのです。
嘉内は、武甲山の印象を次のような連作の短歌に詠んでいます。
武甲山は
ぼんやりすます山の上に
あんまり高き背を
すぼめたり
あんまりに
すます霞の山なれば
武甲山ひとり
高きを 恥ぢたり、
あんまりに
大人げもなく見えたれば
この武甲山は
肩を垂れ居る、
武甲山の
うすっぺらの肩にまつはりし
夏のショールの雲の
輝やき、
うすっぺらの武甲山の
雲は離れ去る
垂れたる桑の
一面の畑、
武甲山
南に高い肩のうへ
岩脈の雲
にょっきりと出づ
昔の武甲山(昭和14年ごろ)
現在の武甲山
嘉内が訪れたころの武甲山は、神の坐す山にふさわしい美しい山容でありましたが、現在では石灰岩の採掘のため山頂部が削られてしまい、すっかり形が変わってしまいました。
それでも神はこの山に宿ってくれているのでしょうか?
(記:azalea)
2008-03-27 06:00
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コメント(2)
武甲山のあまりの変わりように
思わず息をのんでしまいました。
こんなことがあるんですね。
神様は肩身を狭くしているんでしょうか。
それとも怒りを募らせて、そのうちにしっぺ返しをたくらんでいるでしょうか。
by あっぷる すくらっふ (2008-03-27 09:00)
現地で見ると、「こんなことがあっていいの?」と思ってしまいます。。。
いまもし嘉内が再び武甲山を見たら、どんな歌を詠んでくれるでしょうか?
それとも「もう歌なんか詠む気はしない」と怒っちゃうかも?
コメントを読みながら、ニール・ヤングの「マザー・アース」をひさしぶりに思い浮かべました。
山の神様のご機嫌は・・・さてどうでしょう?
ふだんおとなしい人が怒った時は怖いといいますからね(^^;)
今日は休みになったので、近所の公園に散歩に行こうと思います。
山は見えませんが、ちょっと春の花でもながめに(笑)
by azalea (2008-03-27 09:26)